極楽寺について
極楽寺について
当山は、田原本御仏三十三カ所巡礼第十八番となっています。
歴史
- 江戸時代以前は近在六ヵ村の共同墓地・火葬場であったが、江戸時代になり行基庵が結ばれた、と伝わっています。そして、明治時代の初めごろに、浄土宗寺院として本堂と庫裏が建てられ、現在のお寺になりました。
このように、奈良県では新しいお寺です。
極楽寺ご本尊
- 鎌倉中期に制作された阿弥陀如来立像です。脇侍は観世音菩薩と勢至菩薩です。
当山の施設
- 本堂、火葬場、永代供養墓・納骨堂(経営許可:田健福第817号)・一般墓、駐車場と全てが整っています。宗派を問わず広く受け入れています。ペットのご供養もご相談下さい。
周囲の環境
- 小学校と幼稚園が北隣にあり、子供達の元気な声がいつも聞えてきます。日当たりも良く、周辺の緑とあいまって、とても明るい雰囲気です。
沿革
宗派 | 浄土宗 宗祖は法然上人 |
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名称 | 令和山 至誠院 極楽寺 |
所在地 | 〒636-0246 奈良県磯城郡田原本町千代180番地 |
電話 | 0744-55-0489(午前9時~午後6時) |
FAX | 0744-37-2263 |
Eメール | polepole204@kcn.jp |
特徴 | ・永代供養や一般墓、火葬場全てが整っている ・一円葬(葬儀、火葬、永代供養)ができる。 ・宗派・宗教問わず広く受け入れ、檀家になる必要はない。 ・災害が少ない奈良盆地の中央に所在 ・奈良県内各地や大阪からも、電車と車のどちらでもアクセスが容易 |
活動 | おてらおやつクラブなど https://otera-oyatsu.club/ |
極楽寺の理念
- 極楽寺では、「誰もが気持ちよくお参りに来られるお寺であること」を大切な理念とし、『安養』(あんよう)を意識して日々の法務を勤めております。
- 『安養』とは、「心が安らかになり、豊かな喜びで身が養われる」との意味です。極楽寺のご本尊・阿弥陀仏は、別名「安養仏」。その西方浄土「極楽」も「安養国」ともいう、との教えからです。
- お墓参りに来られた方々の心が安らかになり、豊かな喜びを得て、幸せを感じていただきたいとの願いであります。
- 「幸せ」とは、心に安らぎと感謝の喜びを感じている状態です。「幸せ」は感じるものであって、なるものではありません。
「この世で最も不幸な人は、感謝の心のない人である」と言われます。何をしてもらっても当たり前と思い、感謝の心がない人は、不平不満ばかりで一生幸せを感じることができないでしょう。
- 感謝の心とは、ご恩を感じることができる心です。
恩は、サンスクリット語では「クリタジュニャ」と言い、その意味は「なされたことを知る」です。漢字では、「原因」の『因』の下に『心』と書きます。この意味も同じで、恩とは「何がなされて今の状態となっているのか、そしてその原因は何であるかを心に深く考えること」なのです。 - 平たく言えば、「全ての今あることは、なんらかの因(原因)と縁の結果であり、当たり前ではない」ということ。
感謝をするには、まずその恩を知らなければなりません。
- 仏教では「恩を知ることが全ての善い行いの始まりであり、それを知らない(思いを馳せない)ものは畜生より劣る」と説かれています。
感謝をするには、まず恩を知ること(知恩)、次に恩を感じること(感恩)、そしてその恩に報いること(報恩)が大切です。 - 仏教の経典『正法念処教(しょうぼうねんしょきょう)』や『大乗本生心地観経(だいじょうほんしょうしんじかんぎょう)』』では、私達が今生かされているのは、四つの恩『四恩(しおん)』のお蔭であると説かれています。それぞれが説く『四恩』に違いはありますが、「父母の恩」だけは共通しています。 その恩あるわたし(あなた)の父母は、またその父母に恩があり、さらに上にまた恩がありと、恩はご先祖様の数だけあります。
- では、そのご先祖様は、いったい何人いらっしゃるのでしょうか?
わたし(あなた)の父母は2人。その父母である祖父母は4人。さらにその父母である曾祖父母(そうそふぼ)は8人。さらに・・・と、わたし(あなた)から時代を遡っていくと、もう数えきれないほどの数となります。ある方の計算では、27代遡ると、1億3421万7728人となり、現在の日本の人口を超えるご先祖様が全ての人に存在することになります。 - ご先祖様達とのつながりは、縦一本の系図ではなく、逆三角形状に拡がります。この膨大な逆三角形の系図の一番下にいるのが、今のわたし(あなた)です。
- ご先祖様達には、当然それぞれの人生がありました。飢饉や戦乱などもあり、今よりも生きていくのがとても大変な時代だったと思います。
もしご先祖様達のうち一人でも欠けていたならば、わたし(あなた)はここにはいません。 ご先祖様がそれぞれの時代を生き永らえ、その子その子へと連綿と命を紡がれたからこそ、今のわたし(あなた)がいます。
だから、ご先祖様の数だけ、わたし(あなた)には受けた「恩」があります。
- そのご先祖様達は、たった一人自分だけの力で生き永らえたのでしょうか。
いえ、そのようなことは決してありません。必ず、誰かの施しを受けています。 - 同じ様に、わたし(あなた)の大切な人、それは恋人であったり夫・妻あるいは友人であったりしますが、それぞれにもたくさんのご先祖様達がいます。そのご先祖様達もまた、誰かの施しを受けてきたはず。ひょっとすると、お互いに助け合っていたかもしれません。
- 私達はまず、多くの誰かのお蔭様によってこの世に生を享けました。それから今、また誰かのお蔭様によって生かされています。
つまり、この世の全ての人が「お蔭様」と「お互い様」のつながり(ご縁)で結ばれている、と言えるのです。
- 「人の人たる道は、恩を知り、恩に報いるべき」と仏教は説きます。
まずは、この世に人として生を授けて育ててくれた父母とご先祖様達の恩を知り、その恩に報いるべきという教えです。
- お墓参りで、亡くなった父母やご先祖様、大切な人を偲んで静かに手を合わせますと、必ずや今ある自分への何らかの恩(お蔭様)に対する感謝の念が沸き起こってきます。これは自らの心を安らかにして豊かな喜びとなり、やがて幸せを感じる心となります。
それが冒頭での『安養』です。 - 極楽寺では『安養』の思いを大切に、誰もが気持ちよくお参りに来られるお寺でありたいと願っております。
どうぞ、お気軽にお参りくださいませ。